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  • 医療法人達生堂 城西病院
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    茨城国際親善厚生財団


    活動の端緒となったインドシナ難民医療支援エチオピアでは飢餓難民の医療支援を実施

     国際医療支援活動がスタートしたのは、病院開院の翌年の1982年。日本青年会議所関東地区協議会の世界平和基金で、インドシナ難民の医療支援を行うため、レントゲン機材を備えた車両を導入し、日本国際ボランティアセンター(JVC)とともに医療協力を2年間にわたり行ってきました。

    アフガンのサラムジャン君アフガンからの受け入れ傷病者は56人にのぼった

     1989年、アフガニスタンの難民患者の日本受け入れがスタートし、その第1号の患者、サラムジャン君を城西病院が引き受けて手術を行いました。その後、5年間にわたって患者を受け入れ、城西病院を中心に56人の患者を治療しました。

    JIFF.PTセンターの開所式リハビリを受けるアフガン傷病者

     日本で手術を受けたアフガン傷病者のリハビリを行うため、パキスタンのペシャワールにJIFF.PTセンター(のちのJIFFメディカルセンター)を開所しました。パキスタンには、アフガン難民約330万人が流入、イランには約300万人が流入したとされています。
     日本で手術を受けた難民傷病者はパキスタンに戻り、このメディカルセンターでリハビリを受けました。1992年には内科、小児科を増設。翌年には薬剤科、レントゲン科を増やし、1日約300人の患者が訪れました。

    難民の急増に伴いテントを増設栄養失調の子供たちを救うために配った「命の袋」

     2001年9月11日、アメリカで同時多発テロが発生しました。アフガン難民が大挙してパキスタンに流れ込みました。JIFFメディカルセンターでは1日800〜1200人の難民患者を診療。そのためにテントを増設して対応しました。また、難民となって栄養失調になる子供たちが急増。子供たちのいる家族にコメや油、豆などの入った「命の袋」を配布しました。
     2002年9月にパキスタン政府の要請によってペシャワールのセンターを閉鎖。新たに、アフガニスタンのカブールで医療支援活動を再開しました。